「東月寒会館」教室 2019


2019.6.11 6.4 5.28 & 5.21

 只今、編集中です。

2019.5.14 5.7 4.30 4.23 & 4.9

 このひと月の間に元号が『平成』から『令和』に変わりました。これを機会に、理由はありませんが自分自身もさらにアップグレードしていけるように『人生』を頑張りたいです。時代の移り変わりを、小さな変化にも心を寄せて植物から学んでいきたいと思います。 

2019.4.2

 お稽古をしている間に、まるでスローモーションを見ているかのように小さな蕾が大きく開花しました。アネモネです。天門冬のやわらかで優雅な動きと良くマッチしていると思いました。

 さて、学生時代の友人たちから次々と入るLINEの写真とメッセージは各地の桜の風景。どれもこれもインスタ映えのする景色で見事です。私もせめて桜の蕾の膨らみを写そうと木の下に行ってみましたが、まだ残雪があり、しかも空からは季節外れの雪。撮影した写真を確認してみると、とてもLINEに載せられる状況にありませんでした。待っていて! 一か月後には札幌の桜をお届けするから。

2019.3.26

 薊(アザミ)。昭和の時代は、例えば町の中でも空き地や野原、道ばたなどで普通に見られていたけれど、この頃はあまり見かけないよねと、話題になりました。そう言えば、我が家の周囲もほとんどアスファルトやコンクリートで、近くの公園でもせいぜいタンポポくらいかな。

 こどもの頃、ムンムンとする草の香りの中でしゃがみ込みシロツメクサで首飾りや冠を編んだり、草と草とで綱引きをして遊んだりと、今にして思うと随分のんびりとした時代でした。余談ですが、タンポポの茎を折ると牛乳のような白い液体(乳液と呼んでいましたがラテックスという)が出ることも遊びの中で自然に観察していたこととなります。


2019.3.19

 お彼岸も過ぎるのに、逆戻りしたかのような冬景色(3/23)の札幌です。まだ三月だからこんな日があるのは当然なのかもしれませんが、今年は雪が少なかったせいか春が早いと思い込んでいましたので、道産子の私でさえ「おっと?!」という感じです。

 さて、『水も花なり』とは、小原流で習った言葉です。それだけ水の果たす役割の重要性、大切さを説いているものと思われます。とりわけ自然感のある花材や表現の仕方によってそれを強く感じます。この日お稽古した二つの作品は、芽出しの植物です。枝の影を写す水盤の水を見て「あぁー、そろそろ水温む季節だな」と、感じた次第です。

2019.3.12,3.5,2.19 & 2.12 

 なかなかホームページを更新できずにいるうちにひと月余りが経ちました。お花屋さんから届く花材には春の花木が多く見られるようになりました。今年は、例年より早く季節が進んでいるようです。

 春を思うとウキウキするような待ち遠しい気持ちです。少し落ち着いたら、どこかに小さな春を探しに行きたい気分です。

2019.2.5

2019.1.29

2019.1.22

  菜の花は身近な自然を感じる植物のひとつです。似たようなアブラナ科の黄色い花びらはちょっとした街角の空き地などでもちょこちょこ見かけます。暖かな春の光景を思い浮かべるうちに、かの有名な俳句が頭に浮かびました。

  菜の花や 月は東に 日は西に  (与謝野蕪村)

とてもスケールが大きい風景です。蕪村が詠むこの俳句にどんな景色があったのでしょう。気になり始めて調べてみました。

 安永3年(1774年)に与謝野蕪村が、現在の神戸市にある六甲山地の摩耶山(まやさん)を訪れたときの句だそうです。西の空に夕日が沈みかけていて空は茜色、摩耶山から見下ろすと黄色い菜の花が一面に美しい。同時に見える月と太陽。穏やかに暮れゆく春の色と香りと空気。江戸時代、摩耶山がある神戸市灘区では、菜種油を生産するために菜の花が栽培されていたようです。